漫画家「ミカコ72歳」作者 新久千映先生
『ミカコ72歳』は、夫を亡くしたばかりのミカコさんが、スマホを通して新たな人生を楽しむストーリー。『ワカコ酒』で世の中の女性の共感を呼んだ新久千映先生が、2021年より新たに連載をスタートした作品です。
物語は「おひとりさま」となったミカコさんが、家族の勧めでスマホをもつところから始まります。
トークアプリで話しかけるのは、亡き夫のアカウント。周りの心配をよそに、毎日メッセージを送り続けます。当然返信はありませんが、「思ったことを言葉にするだけで心地いいんだよ」と語るミカコさん。孤立したシニアではなく、現代の新しい「シニアのおひとりさま」の姿が見えてきます。
ミカコさんの緩やかな生活のなかで、亡き夫のアカウントへメッセージを送る内容や家族との会話は、「あるある!」と頷くような日常の一面を切り取ったシーンばかりです。
「おしるこ」で日々の挨拶を交わしたり、趣味の写真を投稿したりする皆さんに、通じるところがあるかと思います。
そこで「おしるこ」では、『ミカコ72歳』の作者である新久先生にインタビュー。シニア世代に感じていることや作品への思いをお伺いしました。
新久先生のお話の中には、頑張り過ぎずにありのままの自分で毎日を楽しむヒントが沢山あります。ぜひ最後までご覧ください。
ー リアルなエピソードはどう生まれているのか、描くときに意識されていることは?
リアルなエピソードは身近な人の体験がヒント
作品をつくる時は、意識してアンテナを張っているというよりも、身近な人のリアルな体験がヒントになっています。大学を出てすぐ働いていたクリニックの受付での体験も、エピソードの元です。患者様の9割がシニアでしたので、『ミカコ72歳』の話を考える時に参考にしています。
クリニックに来る常連の患者さんは、徐々にお互い顔見知りになっていきます。いつも来ている患者さんの姿が見えないと気になるようで「あの人、今日来てないけど具合悪いんかね」という会話もありました。病院なのに面白いですよね。リハビリ科もあったので、「今度遊びに行く」みたいな方もいらっしゃいました。そのような印象的な会話や行動を、一つ一つ思い出しながら描いています。なので私の描くシニア像は、一世代前のシニアの姿かもしれないですね。
シニアの方達は、今も昔も元気でエネルギッシュですよね。私は仕事柄、平日の朝にジムやスーパーに行きますが、会社員の方は仕事をしている時間帯なので、外に出ているのは大体シニアの方。皆さん元気だし絶対私より体力があるな、と思います。プールで泳ぐのもとても早いし、力強いですね。外に出ている人は、基本的にとてもアクティブな方が多い印象です。
活動の場も人それぞれです。ジムで仲間と出会うことも素敵だけど、病院やスーパーなど言葉を交わす場所があるのも、良いことだと思います。知り合いを作るといっても、どこから始めたらいいんだろう?というのはあるので。趣味で友達になっていく人達もいるけど、挨拶をきっかけに顔見知りの人が増えることも大切です。深い繋がりだけではなく、「おはよう」と毎日挨拶し合える関係を求めている方もいますよね。「顔見知りの人」というゆるやかな関係も必要だと思います。
今のシニア世代は、また違う価値観感がありますよね。
スマホを通した新しい繋がりは、最近のシニア世代の特徴ではないでしょうか。挨拶し合う関係をつくる為に習い事やジムなどの活動の場に行く、といった行動をしなくても、スマホで気軽に繋がれる。
SNSやおしるこの様なアプリで、日記を共有したりコメントし合えるのは、新しい日常の広げ方だと思います。
ー シニアの「おひとりさま」に関して、感じていることや意識されていることはありますか?
緩くていいんだよ、ということを伝えたい
『ミカコ72歳』を描く時は、緩い感じや寂しさを感じさせないよう意識しています。伴侶を無くした寂しさをしっとり表現してしまうと、私自身が悲しくて描けないというのもありますが……。ミカコさんの何気ない日常を描きながら、頑張らなくても自分のペースで楽しめばいいんだよ。ということを伝えています。
前作の『ワカコ酒』が受け入れられたのは、「こんな自分でいいんだ、こんなことでいいんだよね」という共感があったからだと思います。『ワカコ酒』は、ワカコさんという女性が、1人で気ままにお店でお酒を飲んだり肴を楽しむ漫画です。でも1巻が出たときに「これ、分かる分かる!」と皆さんが言ってくださったのは、自宅でだらだら飲んでいるところなんですよね。私も家ではこんな感じですし、1人の女性のありのままの姿に共感して頂けたのだと思います。
『ミカコ72歳』についても、根本的に「緩くていいんだよ」というメッセージを、あとがきで書きました。シニア向けの啓発本には、よく「人に会いなさい」とか「タスクをつくって外に出なさい」など書かれています。「おしゃれも諦めない」といったような前向きな生き方もお手本とされていますよね。もちろんそれは素敵なことだし、できたら楽しい。ただ、別にそうじゃなくても、だらだら過ごしててもいいですよね。1人でぼーっとしてても、それが楽だったらいいんじゃないかな。ということを、毎回伝えていきたいと思っています。
人に会えば会うほど元気になるタイプの方も、沢山いらっしゃるので、そういう人は外で楽しめばいい。でもそうじゃない人は、自分は孤立してるんじゃないかと不安になることがあります。世間で言われていることと、比べてしまう時もあるかと思いますが、無理する必要はないのです。別に家の中で好きなことをしててもいいんじゃない?って。そのほうが元気でいられるのなら、緩くありのままでいる事が大切だと思います。
スマホがあることで描くことができた「おひとりさま」の姿
最近のシニア世代は、スマホを携帯している方が増えてきました。体のことやお金のことなど、人の悩みは年を経れば経るほど増えてきます。スマホは、家族からだけではもらえなかった意見や情報交換ができるのがいいところですよね。おひとりさまにとっても、心強いツールです。
『ミカコ72歳』の打ち合わせ中に、担当の方と話していたのですが、スマホは結局「おもちゃ」なんですよね。新しいおもちゃを手に入れた子どもと一緒です。家にいながら、ちょっとした息抜きにもなりますし、時間がつぶせてしまうというところは素敵だなと思います。
情報収集や実用にも使えるし、何でもない写真を見返したりして過ごすのもいいですよね。そんな使い方をしてても、シニア世代には時間はたっぷりあります。
「おしるこ」も、そんなシニア世代にぴったりのアプリですね。自分の好きな写真をアップしたり、好きな仲間と繋がれる。「プリンが好き」という趣味グループは、絵に描いたような緩さが『ミカコ72歳』に通じるものを感じます。プリンが好きというきっかけから、会話できる仲間と繋がるというのも、スマホならではの出会い方。ちょっとした気持ちや愚痴を吐き出せる場所があることは、大切です。今のシニアの方は、写真の取り方や動画の編集もとても上手なので、自分の日常や楽しみを表現する場としても良いですね。
ーシニアのイメージ等、『ミカコ72歳』を描くようになって、変わったことがありますか?
シニア世代の中身はアップデートしている
お年寄りは意外と元気だし若々しいな、というイメージはクリニックで働いていた頃と同じです。でも10年前のシニアと今のシニアの方は、生活してきた環境が違います。中身もアップデートされているわけですよね。
今、バブル世代の人たちがシニアになりつつあります。10年後には私もシニアになっていき、どんどん新しい世代がシニアの仲間入りする。この先「どんなシニアが生まれてくるのかな」というのは、ちょっと面白く考えたりもします。
例えば、今20代でネット用語で話している子たちは、当然シニア世代になってもその言葉遣いのままシニアになります。友達との食事やパーティーが好きな方は、リアルで顔を合わせずにバーチャル空間で集まるようになるかもしれません。新しい文化をもつ世代がシニアに仲間入りすることで、きっと別の楽しみ方や、様々なことが生まれてくるのかな、と思います。
ーどういった方に「ミカコ72歳」を読んで欲しいですか?
世代間の理解が深まるきっかけに
作品をつくるときに、「どのような層の方に読んで頂いているのか」担当の方と話をする事があります。本当のシニアの方に読まれるのは「こんなのじゃないよ」と言われてしまいそうで、実は怖いところもあります。皆さんが、この作品や登場人物の言動に共感するわけではないと思うので。でも「私はこんなんじゃないけど」とか「私にちょっと似てるわ」とか、色々な感想をもって頂けたら嬉しいです。
また、『ミカコ72歳』は主人公と同じシニア世代だけでなく、幅広い世代の方に読んで頂けると嬉しいです。子や孫の世代の方に読んでもらうことで、シニア世代への視野が広がるといいなと思っています。ちょっとした疑問を持ったり、「自分だったらおばあちゃんにこうするな」と考えるきっかけになることが大切。『ミカコ72歳』を読んだことで、今まで意識してこなかったことも、考えてもらえる様になると嬉しいです。「自分とは違う世代の人は、もしかしたらこう考えている可能性もあるかな」とか。少しでも世代間の理解が深まるとよいと思います。
若者とシニアは、年金をはじめ社会問題を語る中で、対立構造がクローズアップされることがあります。でも環境や考え方が違うのは当たり前。こういう人もいるよ、っていうくらいの軽い気持ちで読んで頂きたいです。
ー作品のなかー作品のなかには、高齢化していく社会課題にふれている部分もありますね?
辛さの共感にも一役買えたら
『ミカコ72歳』には介護についてふれた回がありましたが、最初は介護漫画ですか?って言われて。ミカコさんは夫の介護が終わった後という設定。辛い体験をできるだけ削って、すっきりした感じを前面に出しています。
ミドル世代の方たちは、親の介護に直面する頃ですよね。『ミカコ72歳』を通して介護問題を考えてくださった方や、家族の介護に関わる読者の方から、感想を頂く事があります。「ミカコさんの『くそじじい』というコメントがリアルに伝わって来た」「ミカコさんを通して介護する方の気持ちを想像できた」など、共感して頂ける方がいるのは、嬉しいことです。
しかし実際に当事者にならないと、介護の悩みや苦労は中々わからないもの。今、介護で悩まれている方は、『ミカコ72歳』を見て「こんなわけないじゃん」と思うかもしれません。ミカコさんは、亡き夫に紙おむつを提案する回想シーンで「くそじじい」とつぶやきましたが、私自身も親族の介護を経験し、同じような思いをもった事がありました。
そして、介護が終わったから「緩くてもいいんだよ」と言える立場になったのだと思います。なので作品の中でも、いつかスッキリする時が来ることを伝えたいな、と考えています。
『ミカコ72歳』では、楽しいことを前面に出していますが、その中にある辛さの共感みたいなものにも、一役買えたらという思いがあります。シニア世代の日々の暮らしは、楽しいことだけでなく悩みも沢山。けれど、あえて「楽しいところから入っていこう」ということを、コンセプトにしています。
「おしるこ」会員、「ミカコ」さん世代へのエール
ミカコさん世代の方には、心の健康を大切にして欲しいと思います。もちろん体の健康も大事ですが、まずは気持ちを大切にしてほしい。無理に若くあろうとしても、頑張りすぎると辛くなってしまいます。世間では「こうした方が長生きできるよ」と言われていても、気が進まないこともありますよね。そんな時は無理にやらなくてもよいと思うので、心の健康を大事にして欲しいと思います。
今後の事や悩みなどの現実と向き合っていく力は、好きな事をしている状態の自分から生まれてきます。無理をなさらず、かつ自分なりに前をむいて、これからもお元気でいらしてください。
「おしるこ」事務局より
『ミカコ72歳』には、頑張らなくても自分の好きな様に過ごせばいいんだよ。という新久先生のメッセージが込められています。新久先生の身近な体験をヒントにつくられたストーリーは、誰もが親近感や安心感を感じるものばかり。インタビューを通して感じられた新久先生の穏やかであたたかい空気感が、作品にもそのまま現れています。
外に出てアクティブに活動することは素敵だけど、気持ちが疲れてしまう。「家でぼーっと過ごしたいけどダメかしら」という思いは、シニア世代に限らずどの年代の方も持つ悩みの1つです。
『ミカコ72歳』を読むと、「そのままの自分でいいんだ」と思えますよ。
2023年02月20日に新刊が発売されるので、興味を持たれた方はぜひお読みください。