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高齢者の自立を支える日々の食事。どんな食事がいいか、どんな栄養素が必要なのかと頭を悩ませている方も多いことでしょう。そんな在宅介護者が知っておきたい高齢者の食事や栄養について、多くの在宅訪問栄養食事指導の経験がある、駒沢女子大学教授であり管理栄養士の工藤美香先生にお話を伺いました。今回は、高齢者が避けるべき低栄養、特に摂りたい栄養素と便秘対策についてご紹介します。
高齢者が避けたい低栄養とは
まずは低栄養とは何か、避けたい理由から解説いただきましょう。
Q:低栄養とは何かを簡単に教えてください。
A:低栄養とは、健康的に生きるために必要な量の栄養素が摂れていない状態です。 身体を動かすために必要なエネルギーや筋肉、皮膚、内臓などの身体を作るたんぱく質などの栄養素が不足していることを示しています。
令和4年(2022年)厚生労働省の「国民健康・栄養調査」によると、BMIを用いて低栄養傾向を見たところ、65 歳以上の高齢者では、低栄養傾向の者(BMI≦20 kg/m² )の割合は男性 12.9%、女性 22.0% で、男女とも 85 歳以上で最も高いという結果になりました。
自分が低栄養だと気が付かない方もたくさんおり、特に在宅の方は気が付かないケースが多いのではないかと思います。
Q:なぜ高齢者は低栄養になりやすいのでしょうか?
A:様々な要因が影響して、食事量が減少したり栄養が偏ったりすると低栄養になります。高齢者の場合、疾患によるもの以外では、
- ● 活動の低下、便秘でお腹が空かない
- ● 足腰が弱り買い物に行けない
- ● 食べ物を噛む・飲み込む機能に問題が起きる
- ● 味覚が低下して食事が楽しめない
- ● 認知機能が低下して食欲が湧かない
といったことが要因となります。要介護状態との関連も大きく、要介護度が高くなって活動性が低下したり、外部との接触が少なくなったりすることで、食べる機能が段々衰えていくことがあります。
Q:低栄養になると、どんなことが起こりやすくなりますか?
A:低栄養、つまり身体に必要な栄養素が足りなくなると、病気や感染症にかかりやすくなったり、皮膚が乾燥してしまったり、筋肉の量が減ってしまいます。日常生活の中では自分で開けられていたペットボトルが開けられなくなったり、立ち上がりが不安定になってトイレにひとりで行けなくなったりといったことにつながります。
また、食事が取れないと食事の中に含まれている水分や塩分も取れないため、脱水のなりやすさにも影響します。
高齢者が積極的に摂った方が良い栄養素
高齢者が低栄養とどのような関係にあるかおわかりいただけたでしょうか。 次に、高齢者が積極的に摂りたい栄養素を、摂り方のコツと併せてお伺いしました。
Q:高齢者にはどんな栄養素が必要ですか?
A:エネルギーの確保や体づくりという点で、たんぱく質は大事だと思います。たんぱく質が不足すると筋肉が少なくなり、歩く速度が遅くなったり、活動性が低下したりします。身体の機能を維持するためにも、たんぱく質とともに、エネルギーもしっかりとりましょう。
他には、便秘解消につながる食物繊維も大切です。食物繊維は野菜に多く含まれますが、硬さがあったり、調理が必要だったりと、摂取のハードルが高くなりがちです。調理済のお惣菜や冷凍食品を利用してもよいでしょう。
とはいえ、偏らずにバランスよく摂取できるのが理想的です。食事量が減るとタンパク質やエネルギーだけでなくビタミンやミネラルも不足していきます。例えば、ビタミンB1は、糖質をエネルギーに変えたり、ブドウ糖からのエネルギー生産を助け、脳や神経の働きを正常に保つ役割もしています。1つの栄養素にこだわらずバランスを意識しましょう。
Q:たんぱく質はなぜ高齢者に必要なのでしょうか?
A:摂取エネルギーが不足すると、身体の筋肉を分解してエネルギーに変えていくので、筋肉が減ってしまいます。すると、歩く速度が遅くなったり、立ち上がりが普通にできていたのが難しくなったり、活動性が低下したりなどの影響があります。
例えば、今までのようにペットボトルが開けられなくなったなど、握力の低下がみられる方は、脚力の低下や歩行能力も低下している可能性があります。 握力は全身の筋力を表す指標になると言われているので、気になる方はチェックしてみてください。
このような状態にならないためにも、たんぱく質の摂取が必要になります。
高齢者が1日に摂りたいたんぱく質の量は、目安として60~70gです。体格によっても変わりますが、体重1キロあたり1~1.2gが必要だと言われます。主菜(おかず)は、肉なら薄切りで2~3枚、卵なら1個、魚なら手のひら大の一切れ分、豆腐は3分の1丁ぐらい、牛乳ならコップ一杯を 1日で摂っていただくと、おおよその必要量が補給できます。それぞれ、片手のひらにのる位の量が目安です。
ご飯や野菜にもたんぱく質が含まれているので、それらを含めバランスよく食事を取りましょう。
腎機能が低下している方は、医師、管理栄養士に相談してください。
Q:毎日の食事作りで、たんぱく質不足を補うポイントを教えてください
A:味噌汁や煮物などに少し牛乳を入れる「乳和食」がおすすめです。塩分が薄くても牛乳のコクで美味しく食べられ、たんぱく質だけではなくカルシウムやカリウムも摂れます。カルシウムは骨を強くしてくれますし、カリウムは体内の余分な塩分を排泄する働きがあり、高血圧の方にもおすすめです。
牛乳だと100mlあたり3.3gのたんぱく質が摂取できます。味噌汁1杯に小さじ2杯でもいいですし、その人の好みによって多めに入れても美味しく召し上がれます。魚の煮付けなどの味噌を使った料理やゴマを使った和え物などに使っても大丈夫です。様々な料理に、少しずつ牛乳を使ってみてください。
他には、きな粉を牛乳や味噌汁に入れたり、小麦粉の代用で揚げ物の衣におからパウダーを使ったりしてもよいでしょう。味噌汁にサバの缶詰を加えるのもおすすめです。
また、主菜に添えるソースで摂取カロリーを増やすのもよいでしょう。しっかりとカロリーを補給することで、筋肉が壊れることを防ぎます。栄養補助食品なら、卵の黄身のようなソースが販売しており、小袋で50kcalを摂取することが可能です。一般の食品なら マヨネーズをアレンジして、味噌マヨネーズやわさびマヨネーズ、醤油マヨネーズなどにすることで、エネルギーを補給することができます。 前回の記事でも、卵と鮭のフレークの使い方やちょい足しアレンジを紹介しているのでご覧ください。
前回のインタビューはこちら>>高齢者の食事量が減ってしまった時に知っておきたい家庭でできる工夫を紹介
Q:食物繊維はなぜ高齢者に必要なのでしょうか?
A:食物繊維は、血糖値やコレステロールの上昇を抑えます。また、便のかさや柔らかさを保ったりする働きがあるので便秘の予防に効果的だと言われており、便秘になりがちな高齢者には大事な栄養素です。
食物繊維には水溶性と不溶性があります。水溶性には、便を柔らかくする、食べ物の吸収を穏やかにして血糖値の上昇を抑える、余分なコレステロールを便として排出するといった働きがあります。また、便のかさを増やして腸を刺激し、便を出す働きをするのが不溶性です。
食物繊維は種類により作用が異なるので、便秘解消のためには、偏りなく両方を摂ることが大切です。
Q:毎日の食事作りで、食物繊維不足を補うポイントを教えてください
A:水溶性の食物繊維は、芋や果物、海草に多く含まれています。特に昆布やオクラなどヌルヌルする食べ物に多いです。不溶性の食物繊維は、麦や玄米、大豆、野菜類にも多く含まれています。野菜は 1食分なら両手で1杯分、1日なら両手に3杯分ぐらいの野菜を使う料理があると、十分補うことができます。 高齢者にとって野菜は噛むのも料理をするのも大変です。粉末状の食物繊維や食物繊維が含まれる栄養補助食品を利用したり、乾燥野菜を粉末状にしたものを牛乳やバターなどと合わせて、ポタージュにしたりもよいでしょう。
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たんぱく質でも紹介したおからパウダーを使用したり、レトルトパックなどの煮豆を小皿に加えたりするのもおすすめです。
他には、味噌汁などに昆布だしを使ったり、昆布茶を飲んだり料理に使用したりしてもよいでしょう。例えば、レンジでチンしたキャベツを粉末状の昆布茶で和えると、美味しく食べられます。 海苔は、板海苔だと口の中で張り付くので、佃煮や青海苔、ふりかけなどを使用しましょう。
また、冷凍の刻みオクラも、豆腐の上にトッピングするなど簡単に使えて便利です。
食事でできる便秘対策
最後に、食物繊維の摂取に関連して、安心介護でも悩まれる方が多い便秘の対策についてお伺いしました。
Q:高齢者の方に多い便秘ですが、毎日の食事でできる対策を教えてください
A:便秘対策には、食物繊維に加えて腸内細菌も大切です。腸の中の良い菌を増やすために、乳製品やぬか漬けなどの発酵食品から、乳酸菌やビフィズス菌を積極的に摂りましょう。さらに食物繊維を摂ると、乳酸菌やビフィズス菌が食物繊維を食べて、腸の中の良い菌が増えるので、 一緒に摂るのが望ましいです。多くの種類の食品を摂取すると、腸内細菌の種類も増えます。
食事だけでは摂りにくい、ビフィズス菌の摂取を助ける栄養補助食品もあります。
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Q:どんな食事だと便秘になりやすいのでしょうか?
A:食事内容の偏りは避けたいところです。
パンなどの柔らかいものばかりでは、便が出にくくなります。また、潤滑油のような働きをする適度な油分があると、便が出やすくなります。食物繊維の他に、脂の多い魚を食べる、味噌汁にオリーブオイルを少量垂らすなど、適度な脂肪の摂取を意識することも必要です。ただし、肉の脂の摂りすぎは避けましょう。
Q:便秘かな? と思ったら気を付けることは何ですか?
A:「慢性の便秘症診療ガイドライン」(2017年)では、便秘とは「体の外に排出するべき糞便を十分量かつ適切に排出できない状態」と定義されています。出ない日数で便秘を判断するようなガイドラインはありません。1日に2、3回も出てもすっきりしなかったり、1回で十分スッキリしたり、人により丁度良い量・回数が違うので、その人の排便の周期を知っておくことが大切です。
併せて、便の状態も観察しておきましょう。柔らかいバナナ状の便か、小さくて固いコロコロ状の便かなど、便の状態によって食べるものを調整していくことが必要です。便が硬かったら、乳酸菌や水溶性の食物繊維、適量の油分、水分を摂取するといった対策をしましょう。
また、運動不足のため腸の動きが悪くなっていることもあります。体操や外出、お腹に力を入れて歩くなど、運動面の改善を考えましょう。便をする時に前かがみの姿勢になることも大切です。
バランスよく栄養を摂り、低栄養や便秘を予防しましょう
本人や家族が気付かないうちに陥っていることが多い低栄養。洋服がブカブカになったり、今までできていた動作が難しくなったりといったサインから、早めに気付いて対策をすることが大切です。
また、身体を作るたんぱく質と便秘対策にもなる食物繊維などは、積極的に上手に取り入れていきましょう。一方で、気を付けたいのが栄養の偏り。ビタミンやミネラル、油分などの栄養もバランスよく摂り、低栄養や便秘を防ぎましょう。

工藤 美香先生(管理栄養士・ 在宅訪問管理栄養士)
病院・施設・在宅の栄養管理に長く携わっており、急性期病院勤務時にはNST(栄養サポートチーム)の中心メンバーとして活躍。現在は駒沢女子大学 健康栄養学科の教授として、臨床栄養学概論や臨床栄養学などの指導を担当するほか、日本在宅栄養管理学会理事も務めている。